5th International Workshop on Writing Systems 2006 - その①

先日オランダで開催された第5回International Workshop on Writing Systems 2006に出席してきました。このワークショップはAssociation for Written Language and Literacy(AWLL)が隔年に開催するもので、書記体系や書記言語に関する様々な問題を学際的に考究することを目的としています。毎回特定のテーマが設けられ、これに沿う形で研究発表と基調講演が行われます。ぼくはこのワークショップに今回初めて参加したのですが、書記の研究を専門とする大勢の研究者や学生と出会い、いろいろと話し合ったり情報交換をすることができました。非常に実り多い体験だったので、少し詳しく書き記しておこうと思います。

今回のワークショップは2006年10月5日と6日の二日間、オランダ東部の街ナイメーヘン(Nijmegen)のマックスプランク心理言語学研究所(Max-Planck-Institut für Psycholinguistik)で開催されました。40人ほどの研究者や学生が出席し、Constraints on Spelling Changesというテーマの下で16の研究発表が行われました。また、ユトレヒト大学のSieb Nooteboom教授が招聘され、Alphabetics: From phonemes to letters or from letters to phonemes?という題目で基調講演が行われました。その後、現在オランダとドイツで進んでいるスペリング改革を事例として、このような改革に対して科学的学究の立場からはどのような提言がなされるべきかという問題について活発なディスカッションが行われました。今回のワークショップの内容はAWLLの学会誌であるWritten Language and Literacy誌の特別号(2008年発行予定)にまとめられ、刊行されることになっています。

研究発表の大多数はオランダとドイツのスペリング改革に注目したもので、書記体系研究、理論言語学、心理言語学、コンピューター言語学、言語教育などの立場から多様なアプローチが示されました。特に異なるスペリングが読みやすさや学びやすさに及ぼす影響を扱った実証的な研究が多く、スペリングの変遷や改革を社会的な観点から論じた発表はごく少数に限られていました。基調講演では音素とアルファベットの関係が取り上げられ、抽象的で離散的な音素を想定することの妥当性が批判的に論じられました。研究発表や基調講演の後で行われたディスカッションはいずれも盛んで、その熱気は昼食や懇親会の席にも持ち越されるほどでした。

個人的な感想を述べれば、議論の大半は西欧のラテンアルファベット書記体系に関するもので、類型的に異なる書記体系が抱える様々な問題がほとんど省みられなかったことは少々残念に感じられました。今回のワークショップがConstraints on Spelling Changesという大きなテーマを掲げていたことを鑑みると、もう少し広い視野からの問題提起なりディスカッションなりがあってもよかったのではないかと思います。とはいえ、スペリングをアルファベット書記体系に特有の問題と捉えるならば(「スペリング」という用語の定義や用法は研究者によって異なるようです)、非アルファベット書記体系についての議論を取り込むことは難しいのかもしれません。

ともあれ、このワークショップは大変刺激的なイベントでした。書記体系や書記言語の研究が盛んになってきたのは比較的最近になってからのことです。また、研究者や学生の数はさほど多くなく、そのネットワークもまだまだ限られたものです。このような状況の中、個々の研究対象は異なるとはいえ、書記という共通の問題について語り合える人々と出会い親睦を深められたことは、ぼくにとって貴重な体験となりました。


■参考

・Association for Written Language and Literacy
 http://www.ru.nl/WrittenLanguage/

・第5回ワークショップ
 http://www.ru.nl/WrittenLanguage/workshop2006.html

・過去のワークショップ
 http://www.ru.nl/WrittenLanguage/workshops.html

・学会誌Written Language and Literacy
 http://www.benjamins.com/cgi-bin/t_seriesview.cgi?series=WL%26L